企画書庫

【月の瞳の導くままに(三万打企画)】
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〜月の瞳の導くままに〜


「ふざけてんじゃねぇぞ、この野郎!」

ガラガラと何かが崩れる派手な音と共に酒場に響き渡る怒号。
体格ゴツくて目つきは最悪、見たまんまゴロツキといった感じの男が暴れている。

あちこちに飛び交う悲鳴と、あまり品のよろしくない叫び声。

そんな中、この物語の主人公は…

「…痛い。」

その男に絡まれ、ただいま騒動の真っ只中。

――彼の名は、ラスハ・エルドナート。
短い銀髪、整った顔立ちに切れ長の真紅の瞳。
そこそこの長身にそれほど逞しいとは言えない体躯は、優男と形容するのがしっくり来る。
…とりあえず、あまり強そうには見えない。
そんな青年は、

「とりあえずわからないのだが…俺は今、何故殴られたんだ?」

なんて呑気に、汚れが目立つ白いマントをはたいて立ち上がった。

「お前はなぁ〜、この俺にぶつかってきただろォ? だ・か・ら・治療代よこせってさっきから言ってんだよォォォ!」

やけに巻き舌気味に凄むこの男のそれは、非常にわかりやすい言い掛かりだ。
もちろん自分からぶつかってきた上にどこもかしこも怪我なんか一切していないのだが、そうやって強引に金を巻き上げるのだ。
周囲の人間もそれは承知しているのだが、いかんせんこの男はタチが悪い事で有名で、ラスハを助けようという者は一人もいなかった。

そんな絶体絶命な状況の中、ラスハは男を見つめると、気の毒そうに眉をひそめる。

「…あれで治療が必要とは、お前、外見によらずデリケートなのだな。それは悪い事をした。」
「なッ…!!」

冗談なのかそれとも本気か、いずれにせよ相手の神経を逆撫でしまくりの一言。

「て、てめぇっ!!」

逆上した男が乱暴に胸倉を掴み、もう一発お見舞いしようと拳を振り上げる。

もうダメだ。誰もがそう思った――ラスハは相変わらず何を考えているのかわからないが――その時だった。

「ぐほぁっ!?」

拳はラスハに届くことなく、男がその場に崩れ落ちる。

代わりに立っていたのは…美女。
藍色のショートヘアーに、同じ色をした瞳。少しキツめの印象を受ける顔立ちだが、それすらも彼女の魅力と言えよう。
美しいボディラインを損なわない程度に身に纏った軽鎧の背中には、何故か細腕には不釣り合いな大剣を携えていて。

月明りに照らされた美貌は女神のようで、思わず溜息が出る程のものだった。

だが、そんな彼女が先程まで怒鳴り散らして誰も手がつけられなかった男を倒し、ぐりぐりと踏みつけている。
…つまりはそういう事なのだろうが、周囲の人間には何が起きたのかは全く見えなかった。

「…あー、えっと…」
「私はアドネイだ。アドネイ・ルークヴィッツ。」
「アドネイか…そんな大剣でそれほどの動きが出来るとはな…お陰で手間が省けた。礼を言う。」

その言葉にアドネイは眉ひとつ動かさなかったが、どうやらラスハには周囲の人間には見えなかった彼女の動きがわかったらしい。
そして、口振りからはこの優男にも今現在足元で倒れ伏しているゴロツキを自分でどうにか出来るくらいの実力があるらしい事も窺える。

それに驚くのは周りばかりで、当の本人達は当たり前のように進行しているが。

「礼を言われる程の事はしていない。ただ…」

アドネイの手が剣の柄にかけられた。そして、

「…私も金欠でな。そこそこ持っていそうな奴を見つけたというのに、この男に先を越されそうになって困っていたのだ。」
"この男"という部分で踏みつける足に力を込めながら、彼女はさらりと言った。

一瞬にして空気が凍りつく。一難去ってまた一難とはまさにこの事だ。

だがラスハは落ち着き払って、

「…冗談か?」
「わかっているなら話は早い。」

…いや、どう見たって冗談には見えなかったんスけど…っていうかなんで意思疎通出来んのアンタら!?

そんな周囲の心のツッコミは届かず、淡々と会話する男女。

これは、意気投合したというのだろうか?

とんでもなく異様な光景…

それは晴れ渡った、月の綺麗な夜のことだった。
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