1/2ページ目 〜ほんの些細な異常事態〜 人目を避けるように森の中にひっそりと建てられた、飾り気のない家。 独りで住むにはやや広すぎるそこは少し前から二人の居候がいるが、家主が散らかす方面でも天才的であるため、居候達が掃除をしてくれる今の方が逆に片付いて広々としていることを来訪者は知っていた。 来訪者……巷で“白衣の悪魔”などと呼び恐れられるロキシーもまた、似たような状況だったりするのだが。 と、外にいた赤髪の男がロキシーを見るなり、目を見開き口端をひきつらせた。 「……げっ、なんだ貴様か。クレインの奴なら今はいないぞ。行き違いだな」 「む、そうか」 褐色肌に烈火のような髪色をした男でこの家の居候の一人であるガナシュの言葉に、だが、とロキシーが口許に手を置く。 「用があるのはファングの方だ。今度行く場所は氷を操る彼の力が必要でね、護衛を依頼したい」 「なんだ、そういうことか。だがフェンリルは部屋で……」 ガナシュはそう言いかけて、すぐさま通り過ぎようとするロキシーに上体を向けるが、その時には既に白衣は影も形もなく、代わりに家の入り口の扉が僅かに開いて揺れていた。 「……ちっ、本当にひとの話を聞かん奴だな」 悪態をつくガナシュの耳には「開口一番に『げっ』か……覚えておこう」などという独り言は届かなかった。 ―――――― 「……なるほど、話には聞いていたが」 真っ直ぐ向かったファングの自室では、ベッドに丸まって眠る彼の姿が。 時刻は昼前、日頃は家事をきっちりこなし家主であり相棒のクレインを叱りつけるしっかりもののファングは、どういう訳か睡眠時間が人より長く朝もゆっくりなのだ。 (こうして寝姿を眺めていると、人の形をとっていても獣なのだな……) そうしてまじまじと覗きこみ、もう少しで触れてしまいそうなほどに顔を近付けた時だった。 「うーん……クレ、イン?」 「む?」 気配がないとよく言われるロキシーだったが、そこは優れた嗅覚をもつ氷狼。 人の接近に気付いたようで、眉根を寄せて身動いだ。 「また、来たのか……? もすこし、寝かせ……」 「!」 ぐい、と予想外に強い力で引っ張られ、特に抵抗もしなかった白衣の長身がベッドに引きずり込まれる。 「これは……知らなかったな、こんな一面があったとは」 睡眠への執念だろうか、こうすれば口煩い相棒も甘くなることを知ってのことか。 普段なら姿を見ただけで身構える相手であるはずのロキシーに、今は獣が甘えるように擦り寄っているファング。 そういえば末っ子のようなものだったな、とロキシーは灰色の髪を撫でてやる。 ……しかし、 「うー……あれ、ちがう……?」 さすがにニオイの違いを感じ取ってか、ゆっくりとアイスブルーの目が開いて、顔を上げて自分が抱き締めている人物を映した途端にそれは大きく見開かれた。 「ロ、ロキシー!?」 「よく眠れたようだな、おはよう」 先程までの寝惚けっぷりが嘘みたいに、首筋に冷水を流されたように瞬時に覚醒したファングは青ざめ、ベッドの端まで後ずさる。 「つれないな、起きた途端にこれかね……人を誘っておいて」 「さ、誘ってない!」 たっぷり含みを持たせてやれば色白の肌がみるみる紅潮して。 青くなったり赤くなったり忙しいな、とも付け加えて、ロキシーは目を細めた。 「……それにしても珍しいな、君が私のニオイに気付かないなんて。寝起きはそんなに鈍るのか?」 存在自体が怪談扱いされることさえあるロキシーには常時薬臭さがまとわりついているが、それは別のものを隠すため。 以前にもファングの鼻が微かに残るそれを感じ取ったこともあったのだが…… 「よく、わからない……半分くらい夢心地だから。けど……」 「けど?」 「今日はゴミ屋敷の住人のニオイが強かったから、それで間違えたんだろうか」 「…………」 そういえば最近きちんと片付けていなかったな、とロキシーは目をそらした。 ――そして、しばらく後。 依頼の話も終え、仕事はまた後日ということでロキシーは森の中を歩いていた。 「しかし、本当に驚いたな……」 『センセイ、ちょっと慌ててたもんねえ』 くすくすと懐から笑う声が聞こえ、思わず足が止まる。 それは都合の悪いことがなければだいたい共にいる、魔石と化した魔獣のシリウス……ロキシーの相方のものであった。 「……………………いたのか、シリウス」 『えっちょっとひどくなあい!? 俺ずっといたよ!』 「すまない、失念していた」 『訂正。ちょっとじゃなくてものすごく慌ててたんだね』 歩く怪談、白衣の悪魔。 得体の知れない、傍目には変化があるかどうかさえ怪しい彼の表情を読み取れる数少ない人物がこのシリウスである。 『センセイが慌てるなんて珍しいよねえ。槍でも降るんじゃなーい?』 「なんだ、怒っているのかね?」 『ううん、ちょっとした意趣返し。いじめられた可愛い息子の仇をとらなきゃね☆』 ……そして、ファングの父親でもあるのだ。 姿は見えないがとびきりの笑顔で言っているのであろうシリウスに、敵わないな、とロキシーは僅かに口許を綻ばせるのであった。 ―おしまい― [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
w友達に教えるw [編集] 無料ホームページ作成は@peps! |